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 当グループでは, 化合物が持つ性質の理解に向けた生物情報学, 化学情報学研究に取り組んでいます。特に生体とのインタラクションで読み出される情報, 生体応答を中心に研究を進めています。化合物が生体に作用する時, 化合物を入力, 当該化合物への生体応答を出力とすると, 生体は関数とみなすことができます。これらの関係をモデル化し, 定義域, 値域, そして関数の特性を解析することで, 化合物と生体, 双方の理解が深まると期待されます。

 低分子医薬品や化学物質などの化合物の魅力は, その未知性にあると感じています。COVID-19以降お茶の間でも知られるようになったドラッグリポジショニングの多くは, 元から知られている薬効を別の疾患治療に用いる適用拡大にあたります。一方, 後発で新たな作用が見つかり, 別の疾患治療へと用いられるケースも存在します。例えばMemantineは, M2タンパク質の阻害作用に基づくインフルエンザ治療薬として開発されたものの, 現在ではNMDA受容体阻害によるアルツハイマー病治療薬として知られています(Lipton SA., NeuroRX., 2004)。予期せぬ有害事象による市場撤退の事例も鑑みると, 薬物が生体に与える影響は複合的であり, 開発者ですら認識していない側面が多く存在すると言えます。これらの理解が進むことで予期せぬ有害事象の抑制, ドラッグリポジショニングの促進が期待される他, 未知な性質を読みだすツールとして化合物を活用することで生物学的発見につながることも期待されます。

 では, どのようにして化合物の未知側面を理解することができるのでしょうか?化合物により惹起される生体応答は単一のものではなく, 上述のように複合的で多様です。特定の生体応答のみを捉えているようでは, 他の生体応答は解析のまな板の上に乗りません。特にヒトにとって未知な側面も含める場合には, ヒトの認識に囚われない恣意性のない数値化が肝要となります。具体的な手段としては対象を網羅することで恣意性を排するオミクス解析や, ヒトによる処理の介在しない感覚器に近いデータの取得(画像, 音声など)が挙げられます。一方, このようにして得られるデータは, 一般に高次元となりますが, 低次元しか認識できません(次元の呪い)。せっかくヒトの認識に囚われない数値情報を手にしても, このままではそれらから有用な情報を引き出すことができないのです。そこで次にパターン認識を用います。パターン認識とは, シンプルに言えば「データに潜むパターンを見つけ出す」比較的広い数理科学的枠組みのことを指します。例えば高次元の観測データからより低次元で本質的な情報(潜在変数)を抽出する統計学的手段である潜在変数モデルなどが該当します。恣意性なく数値化された生体応答データの中から, パターン認識により本質的なパターンを抽出することで, レーダーチャートなどのように生体応答を俯瞰できるようになります。ここまでくればヒトが扱える次元となるので, 各パターンと既存知見とを照合可能となり, 生体応答の全体像を整理できます。以上の恣意性のない数値化, 生体応答のパターン認識, 既存知見との照合といった過程を経ることで, 化合物の作用を未知側面も含めて包括的に理解できるようになると期待されます。

 当グループではまず化合物を処理した培養細胞のトランスクリプトームデータの解析から, 上記戦略がin vitroでは成立することを確認しました (Nemoto S., J Nat Prod., 2021)。そして現在では, in vivoやin humanなどより高位なレイヤーでの検討に取り組んでいます。具体的には, オミクスデータ (omics), 毒性病理画像 (image), 化合物構造 (structure), そして科学論文 (text)を対象に, 化合物の未知側面を引き出す方法論の開発と応用を進めています (Morita K., Toxicol Sci., 2023; Maedera S., Comput Biol Med., 2024; Yoshikai Y., Nat Commun., 2024)。恣意性のない数値化とパターン認識を軸とした一連のスキームは, ヒトの認識を拡張し, 知見として社会的な定着を促す点で汎用的です。哲学的な言葉を借用すれば, ヒトの処理能力を超えた感性(sense)で解析対象を扱い, ヒトが認識可能なパターンとしてから悟性(understanding)に基づき知見とするスキームと言えます。そのため研究対象は化合物の未知側面理解に限らず, 多数の大学, 研究所, そして民間企業との共同研究も行っています。



 バイオインフォマティクス, 及びケモインフォマティクス人材の育成にも力を入れています。薬学でデータサイエンスに取り組む最大の利点は, wetとsilico双方の視点が備わることにあると考えます。薬学では創薬という共通のゴールに向かい, 様々な専門家がチームを組んでタスクに取り組むため, そもそも学際的な土壌があります。学際的という言葉は時に専門性の不足といったネガティブな印象も与えますが, 双方に通じるからこそ見える世界観が基礎的にも応用的にも存在すると感じています。データを扱うのが得意で話のわかる便利屋さんではなく, 薬学と情報のダブルメジャーなればこその発見ができる研究者を目指したい人は, 気楽に連絡をください。

  1. Lipton SA. Failures and successes of NMDA receptor antagonists: molecular basis for the use of open-channel blockers like memantine in the treatment of acute and chronic neurologic insults. NeuroRx. 2004 Jan;1(1):101-10. doi: 10.1602/neurorx.1.1.101.
  2. Nemoto S, Morita K, Mizuno T, Kusuhara H. Decomposition Profile Data Analysis for Deep Understanding of Multiple Effects of Natural Products. J Nat Prod. 2021 Apr 23;84(4):1283-1293. doi: 10.1021/acs.jnatprod.0c01381.
  3. Morita K, Mizuno T, Azuma I, Suzuki Y, Kusuhara H. Rat Deconvolution as Knowledge Miner for Immune Cell Trafficking from Toxicogenomics Databases. Toxicol Sci. 2023 Nov 6;197(2):121–31. doi: 10.1093/toxsci/kfad117.
  4. Maedera S, Mizuno T, Kusuhara H. Investigation of latent representation of toxicopathological images extracted by CNN model for understanding compound properties in vivo. Comput Biol Med. 2024 Jan;168:107748. doi: 10.1016/j.compbiomed.2023.107748.
  5. Yoshikai Y, Mizuno T, Nemoto S, Kusuhara H. Difficulty in chirality recognition for Transformer architectures learning chemical structures from string representations. Nat Commun. 2024 Feb 16;15(1):1197. doi: 10.1038/s41467-024-45102-8.